G2 » Vol.8 » 全被災地600㎞の取材記録

全被災地600㎞の取材記録

第13回
エピローグ~再び閖上へ
締め切り間近の8月2日、西岡は仙台に向かっていた。冒頭の名取市閖上で見た写真の男の子、竹澤雅人ちゃんの両親に会うためだ。……》続きを読む
第12回
3人の首長
大災害が起これば、まずは地元自治体に不満が向かうものだ、と先に書いた。ならば、それに対する自治体の長の考えも聞かねばならない。……》続きを読む
第11回
ずしりと重い棺を抱えて
翌11日、いわき市を発った西岡は、富岡町や川内村の災害対策本部が置かれ、住民が避難している郡山市の「ビッグパレットふくしま」や、……》続きを読む
第10回
「原子力ムラ」町議の葛藤
「国はいつんなったら引導渡すんだろね。『もう、20キロ圏内には住めませんよ』って。そもそも子供が住めねえってことは、街ができねえって……》続きを読む
第9回
「東北人は我慢強い」は本当なのか
私たちが陸前高田を発つ日、カンコちゃんの妻、美和子さんの葬儀があった。佐々木家の菩提寺も流されたため、山あいの円城寺を借りて営まれた。……》続きを読む
第8回
「東北人は我慢強い」は本当なのか
大船渡市盛町に医院を構える山浦玄嗣氏(71)に会いたいと思ったのは、メディアが判で押したように繰り返す「東北の被災者は我慢強い」……》続きを読む
第7回
生き延びた者たちが背負うもの
私たちはカンコちゃんにハンドルを任せ、しばらく市内を回った。気仙川を渡った市の南部は宮城県気仙沼市に隣接し、水産加工場が集まっていた。……》続きを読む
第6回
6月10日(金) 陸前高田
石巻赤十字病院の取材から1週間後の5月17日。西岡は女川町、石巻市雄勝町の現場を回った後、国道398号線を北上し、釜谷、……》続きを読む
第5回
22万の命を背負った医療の最前線
発生から2ヵ月を迎えようとしていた5月10日、西岡は再び石巻を訪れた。石巻赤十字病院を取材するためである。震災前の計画では、……》続きを読む
第4回
4月21日(木) 石巻
体育館に2つのグループに分かれた子供たちが並んでいた。ほとんどの子がマスクで口元を隠していたが、どの目にも複雑な緊張の色が差している。……》続きを読む
第3回
避難所の格差は合併の弊害か
夕刻、石巻赤十字病院にボランティアで勤務する松本桂輔医師(40)と落ち合い、市内の避難所に同行させてもらった。そもそも私たちが……》続きを読む
第2回
4月18日(月) 仙台~名取
私たちは西岡の車で17日に東京を発ち、夕方に仙台へ着いた。『G2』編集部の今西武史とホテルで落ち合い、18日朝、被災地へ向かった。……》続きを読む
第1回
プロローグ~神戸から始まった
リンゴのように赤く丸いほっぺたの男の子がこっちを向いて笑っていた。県道沿いの傾いた電柱で目にした張り紙には〈さがしています〉とあり、……》続きを読む

プロフィール
西岡研介
Kensuke Nishioka
ノンフィクションライター
1967年、大阪府生まれ。元神戸新聞記者。「噂の眞相」「週刊文春」「週刊現代」を経て、フリーランスに。『マングローブ テロリストに乗っ取られたJR東日本の真実』で'08年に講談社ノンフィクション賞を受賞

松本創
Hajimu Matsumoto
ノンフィクションライター
1970年、大阪府生まれ。神戸新聞記者を経て、現在はフリーランスのライター/編集者。関西を拠点に、政治・行政、都市や文化などをテーマに取材し、人物ルポやインタビュー、コラムなどを執筆している




  1. G2(ジーツー)vol.10 
    講談社
    5月1日発売
    1,200円(税込)
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