本格評伝

同和と橋下徹(大阪府知事)

師事した弁護士と実母が語ったスター知事の“ルサンチマン”

森功 (ノンフィクション作家) () ()

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第3回

金銭への執着心

橋下本人は、一浪して早大政治経済学部経済学科に入学している。学生でありながら革ジャンパーの卸売りなどアパレル事業をはじめ、騙されて失敗したと伝えられる。それがもとで弁護士になったとされる。

「優秀だった半面、金銭に対する執着心も感じました。このままでは食っていけない、とも話していました。国選の刑事事件などは避け、損害賠償保険の交渉業務など、金になりやすい紛争を好んでやっていた気がします。うちにいる頃の彼は、弁護士としてそんな浅薄なイメージでした」

以前の親弁は、やはり手厳しい。橋下は弁護士になる前から、すでに妻と乳飲み子を抱えていた。住まいは大阪市北区にある天神橋筋商店街近くの安アパートだ。樺島事務所における当時の固定給は四十万円ほど。そのほか個人で請け負った法律相談は、その報酬の二割を事務所に納めるだけで済むシステムになっていた。それも、橋下が樺島事務所を 選んだ理由の一つのようだ。

「彼は貧乏で、同和地域に育ったと盛んに話していました。だから被差別問題に関心があるものと思い込んで、解放同盟朝田派の人たちが闘ってきた京都市営住宅の家賃値上げ反対訴訟に加わってもらおうとしました。それで彼を打ち合わせの席に同席させたんです。ところが彼は、『同和地区に住んでいたけど、私は同和じゃなかった。だから、補助金 ももらえなかったし、深く恨んでいる。私は同和問題はやりません』と言い出すのです。驚きました。同和の人に対して逆差別感情を持っているのか、と鮮烈に記憶に残っています」

樺島が橋下について「ルサンチマンに支配されている」と語る理由の一端がこのときの発言に違いない。しかし、同時に、こうも言う。

「彼は知事になってから、あたかも同和部落出身であるかのように振る舞っている。韓国の盧武鉉前大統領が自らの貧困体験を公言していたように、それで共感を得ている部分があるのでしょう。となると、あのとき『私は同和ではない』と言っていた話は嘘だったのか。そう思うと二重にショックなのです」

知事になってからの振る舞いとは、大阪府議会における発言を指す。

「私は、いわゆる同和地区というところで育ちましたが、現在、同和問題、全く解決されていないと私自身が認識しています」

知事就任間もない〇八年三月府議会で、橋下本人が同和対策事業に触れ、こう答弁した。知事選の渦中には、大阪・八尾市を訪れ、地元にアピールした。

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プロフィール
森功 Isao Mori ノンフィクション作家 1961年、福岡県生まれ。出版社勤務などを経て、ノンフィクション作家となる。主な著書は『サラリーマン政商 宮内義彦の光と影』(講 談社)、『黒い看護婦』『ヤメ検』(新潮社)、『許永中 日本の闇を背負い続けた男』『同和と銀行』(講談社+α文庫)など。最新 刊は『腐った翼』(幻冬舎)

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